まさに天を駆ける汽車である。
2010/11/27 餘部橋梁の表記を余部橋梁に修正しました。
2008/06/14 全写真のサイズを拡大(一部縮小)しました。
2007/04/15 公開。
あの余部橋梁である。この独特の地名の語感から鉄分のあまり高くない人にとっても印象深く脳裏に残る橋梁名ではないだろうか。
現存する明治時代の鉄道橋であるだけにととまらず、その特異な立地条件により生まれた俗にトレッスル橋と呼ばれる国内では少数派の構造形式による繊細な様式美は一度見た者の心をつかんで離さない。
超メジャー物件であるため、詳細は他に譲るとしてここでは簡単な説明としたい。
余部橋梁はカニで有名な兵庫県三方郡香美町にある明治 45 年に完成した山陰本線の現役の単線鉄道橋である。
構造は鋼製トレッスル橋脚に支えられた上部プレートガーダー橋であるが、高さが 41 m と竣工から 95 年以上が経過して現在でも橋脚の高さとしては日本一であり、竣工当時は東洋一と謳われた。
橋桁は国内の東京石川島造船所(現石川島播磨重工業・IHI)製だが、本橋梁の最大の特徴であるトレッスル橋脚部はアメリカンブリッジ社により製造されたものを使用され、海上運搬により余部沖まで運ばれたのち陸揚げされ組み立てられた。なお、この鋼材に取り付けられた銘板(現在は保存のため取り外されている)に刻まれた製造年は 1910(明治 13)年である。
設計はアメリカ人技師ポール・L・ウォルフェルと当時の鉄道院の技師古川晴一であった。古川氏は明治初期に日本の鉄道橋梁の標準化や日本人技師の育成に努めたイギリス人技師ポーナルに橋梁工学を学んだ人物であり明治期に建設された大部分の鉄道橋には彼が関与したといわれている。
ちなみに、ポーナルが標準化したプレートガーダーは『ポーナル桁』と呼ばれ明治時代に全国に普及している。
ところで、この橋梁のある地名は『余部』であるが橋梁名も『余部』である。しかし、橋梁のすぐそばにある駅名は『餘部』である。これは、同じ兵庫県内の姫新線に既に『余部(よべ)』駅が昭和 5 年に開業しておりこれとの混同を避けるためだと考えられる(餘部駅開業は昭和 34 年)。
忘れてはならないのが、列車転落事故である。昭和 61 年 12 月 28 日午後 1 時 25 分頃、余部橋梁を通過中の回送列車が突風にあおられ転落し真下の水産加工工場を直撃し 6 名の尊い命が失われている。
この事故以来、安全対策の強化に伴い風速に対する列車運行基準が厳しくなった。
そして観光路線でもあるこの路線は列車の定時運行が強風により度々妨げられることや老朽化が進んだこともあり、2010 年の竣工を目指し架け替えられることが決定され、ついに今年の春工事着手となった。
私は以前より架け替え工事着手前に現地を訪れたいと思っていたが、なかなか叶わず諦めかけていたところに現地を訪れる機会を得ることができたため、ぎりぎりではあったが工事着手前に訪れることが可能となった。
へなちょこデジカメとヘタレ撮影技術の傑作で申し訳ないが、明治時代の設計技師や現場の職人たちの心意気の結晶の素晴らしさが少しでも伝わればこの上ない喜びである。
そして、この報告書を書いている最近 Canon EOS Kiss Digital X を買ったため、『もう少し早く買っていれば。。。』と後悔している今日この頃である。
最後に、今回このような現地を訪れる機会を与えて頂いた某高鉄分な面々には心から感謝いたします。
調査日:2007/03/18
項目 | 内容 |
---|---|
着工 | 1909(明治 42)年 |
竣工 | 1912(明治 45)年 3 月 1 日 |
正式名称 | 余部橋梁 |
所在地 | 兵庫県美方郡香美町香住区 |
構造 | 桁部:上路プレートガーダー 橋脚部:鋼製トレッスル |
全長 | 310.59m |
高さ | 41.45m |
桁数 | 23 連 |
橋脚数 | 11 基 |
設計者 | ポール・L・ウォルフェル 古川晴一 |
総工費 | 331,535 円 |
余部橋梁周辺の地形図である。海と山に囲まれた険しい地形が見て取れる。
出展:国土地理院 地図閲覧サービス(試験公開) 1/25,000 地形図「余部」 ※管理人一部加工
昭和 51 年撮影の航空写真でも特徴的なトレッスル橋脚を確認することができる。そして餘部駅も深い緑の中にあることが伺える。
出展:国土交通省 国土画像情報(カラー写真) 整理番号「CKK-76-1」(S51 撮影)※管理人一部加工
また 2007/03/27 にオープンした同じく国土交通省の『国土変遷アーカイブ』内の米軍撮影の航空写真にも小さくて見づらいが写っている。閲覧以外の画像の利用が禁止と明記されているため、参考文献としてリンクを最後に紹介しておくのでご覧頂きたい。
土木学会デジタルアーカイブスには撮影時期不詳の古い写真が掲載されており、周囲の長閑な風景と共に貴重な映像である。一部をご紹介したい。
何という細さだろう。まるでマッチ細工とかトランプで組み立てたようである。
個人的には石垣の美しさにも見惚れてしまう。
次の写真ではかつて存在した『鉄橋守』と呼ばれる維持管理担当要員の小屋が写っている。
出展:土木学会 土木デジタルアーカイブス「土木貴重写真コレクション」1.橋梁 橋梁工事(余部鉄橋ほか) ※管理人一部加工
さらに、同じく土木デジタルアーカイブスでは建設中のこれまた貴重な写真が紹介されている。いくつかここでも紹介したい。
出展:土木学会 土木デジタルアーカイブス「戦前土木絵葉書ライブラリ」4.鉄道省ー1(山陰西線 余部鉄橋) ※管理人一部加工
今回は余部橋梁へは大阪から特急『北近畿』にて城崎温泉を経由し、そこで各駅停車で餘部を目指した。
まずは大阪駅での発車前の 180 系 800 番台の『北近畿 1 号』である。
そして城崎温泉で乗り換える普通列車との接続風景である。このキハ 47 に乗って餘部を目指すのである。
二つ 上の写真のほぼ画面中央ホーム上に黄色の枠線が見えるが、気になって覗き込んでみると『ユ』と書かれていた。恐らくかつての郵便荷物の積み込み場所だったと思われる。
ところで、山陰本線のこの区間は明治 45 年に開業しており、各種構造物も歴史のあるものが比較的残る路線でもある。そもそも今回調査する余部橋梁もそうだがそれだけではなく日本に 3 箇所しか現存しないラティス桁と呼ばれる非常に珍しい鉄桁による竹野川橋梁も城崎温泉~竹野間にある。今回は調査不可であったため、巻末にリンクを紹介しているのでぜひご覧頂きたい。
しかし、わずかな停車タイミングを利用して竹野駅で明治生まれの跨線橋を観察することができた。少々センスに疑問を感じるカニマーク付きである。
橋脚部のデザインがいかにも明治期を感じさせるものとなっている。というより実際に明治時代のものだが。
また、そのデザインが施された部分には『鉄道神戸 明四十四』と刻印されており鉄道省神戸鉄道局による明治 44 年製であることが分かる。いわゆる鋳鉄製である。
また、柱頭部の構造もまるで脚部のような接合方式であり今日見られないと思うのでご紹介したい。また階段を支える桁部のラティス桁もどきの構造も注目に値するものであろう。これを四角に組み上げた物は今日でも架線柱等に観察することが可能である。恐らく錬鉄製ではないだろうか。
またこの駅は供用停止となった部分の線路がそのまま残されており非常に長閑な風景が楽しめる。そう、この雰囲気がまさに山陰本線である。なお、↑注意と書かれたカーブミラーには私が写ってしまっている。凝視することのないようご注意されたい。
そして、香住である。ここも山陰本線の雰囲気を味わえる風景である。故郷の筑豊地方を思い出す。写真は餘部方面を望む。このすぐ先には前述のお宝物件であるラティス桁の竹野川橋梁がある。いつか見たい。というか見る。
また、香住駅舎の正面には『そうきたか』と思わせる郵便ポストがあったのであわせてご紹介したい。そて遊覧船は本日欠航 !
今回はここ香住で下車してカニの実食調査を民宿『よしはる荘』にて敢行した。 まずは全体像から。
そしてこれが主たる調査対象の鍋に入る前のカニと焼きガニである。料理の撮影はさらに不得手であるためサイズも小さめで。調査の結果としては田舎のおばあちゃん家でごちそうになったような気分でおいしく頂くことができた。
香住駅はキハ 181 特急『はまかぜ』の停車駅でもあり、今回交換風景を見ることができた。DC 特急は一度も乗ったことがないので是非とも乗ってみたい。
また、余部橋梁の最寄り駅である余部駅の隣の鎧駅で素晴らしい風景を目にすることができた。このお婆ちゃんにとってここから海を見るのはおそらく日課ではなかろうか。降りたかった。
なお、この鎧駅は明治 45 年開業の歴史ある駅である。後で知ったことだが『青春 18 きっぷ』のポスターやドラマの撮影にも登場したそうである。この眺めを見れば納得であろう。またかつては眼下の港からの海鮮物を駅まで運ぶゴンドラも設置されていたとのこと。
さらに、香住の城崎温泉方面の隣駅である昭和 22 年開業の柴山駅の供用停止となっているホームも非常に簡素な造りであり支える鉄骨は古レールによって組み立てられたもので見応え充分である。ここも降りたかった。刻印調査が必要である。車窓越しでの撮影であるため画質が如何ともし難いのはご容赦願いたい。
御覧のとおり ここは交換駅だったのである。かつては今からは想像できない賑やかさがこの駅にもあったのだろうか。
そして香住駅からの駅順としては前後してしまうが、香住~鎧間のキハ 47 からの車窓の眺めをご紹介して余部橋梁へのプロローグとしたい。
第二巻へ続く