至極シンプルな造形。
2009/06/28 動画コンテンツを追加しました。
2008/06/18 全写真のサイズを統一(一部縮小)しました。
2008/04/20 『総評』に同線内古レール写真追加及び同線前面展望動画【多摩川~蒲田】を追記しました。
2008/04/16 公開。
東京急行電鉄東急多摩川線は同社東横線との乗り換え駅である多摩川駅を起点とし、同社の池上線及び JR 東日本京浜東北線との乗り換え駅である蒲田駅とを結ぶこれら両駅を含めわずか 7 駅の短い路線である。路線名称は『東急多摩川線』であり『多摩川線』ではない。また 2000 年までは現在の目黒線の目黒までを含め『目蒲線』と呼ばれていたので、そちらのほうが馴染みが深い方も多いかも知れない。
同線は現在の東急の発祥路線であり大変古い歴史を持ち、開業は目蒲電鉄の手により 1923(大正 12) 年である。実に 80 年以上前である。これだけの歴史を持つとわずか 7 駅間という短さでも私のような廃線調査な輩に話題を提供してくれる。それについては『廃線調査報告書 東京急行電鉄多摩川線旧線【矢口渡~蒲田】』にて報告しているのでお時間のある方はご覧頂きたい。
そして、このように歴史ある路線であるため当然古レールを再利用した構造物も存在するが、現在ではホームの上屋に古レールを使用している駅は本報告書のタイトルに記載した沼部、武蔵新田の二駅のみである。
かつてはもっと多くの駅にも存在した可能性が高いと思われるが、まず起終点である多摩川、蒲田駅については駅舎がすっかり近代化されてしまっているため現存しない。また途中駅である鵜木、下丸子駅も近代化され、現存しない。そして、残りの報告対象以外の唯一の矢口渡駅についてはホーム上屋が木造のみである。
と言うわけで、この二駅の古レールによるホーム上屋の架構をご覧頂きたい。
調査日:2007/04/14、2008/04/06、2008/04/20
まずは、沼部駅からホーム上屋全体の様子である。片流れの屋根を支えるこれ以上ないくらいシンプルな架構である。ちなみに、このホームは 2 番線多摩川方面だが、反対側電車の停まっている蒲田方面のホームは木造であり古レールは使用されていない。
同様に武蔵新田駅のホーム上屋である。ハッキリ言って沼部駅と全く同じ架構であるが、こちらは 1 番線蒲田方面のホームのみがこの形式で反対側多摩川方面のホームは木造である。どういう理由で木造と古レールとを使い分けしているのだろうか。
今回発見した刻印は以下の通り。両駅とも 1930 年代の日本製鉄製のレールが使用されているようであり、外国製を示す刻印は発見されなかった。
また、レールの製造年代が 1930 年代後半から 1940 年という狭い範囲で限定されており使用量も多くないことから、刻印が存在しない部分に関しても両駅ともに 37kg / m の同一規格の古レールのみで統一されていると推測される。
No | 刻印 | 場所 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 37 (S) 1936 IIIIIIIIIIII OH | 沼部駅 2 番線ホーム上屋 | 37kg / m、日本製鉄 1936 年 12 月製造、平炉製鋼法 |
2 | 37 (S) 1937 IIIII OH | 沼部駅 2 番線ホーム上屋 | 37kg / m、日本製鉄 1937 年 5 月製造、平炉製鋼法 |
3 | 37 (S) 1936 IIIIII OH | 武蔵新田駅 1 番線ホーム上屋 | 37kg / m、日本製鉄 1936 年 6 月製造、平炉製鋼法 |
4 | 37 (S) 1937 IIIIII OH | 武蔵新田駅 1 番線ホーム上屋 | 37kg / m、日本製鉄 1937 年 6 月製造、平炉製鋼法 |
5 | 37 (S) 1940 IIII OH | 武蔵新田駅 1 番線ホーム上屋 | 37kg / m、日本製鉄 1940 年 4 月製造、平炉製鋼法 |
東急多摩川線にはここで取り上げられた構造物だけでなく、線路敷地の柵やホーム下部構造の一部にも使用されている古レールも存在する。ただし、使用されているのは比較的新しい古レールであり、いわゆる曲げ加工が不要な部位にのみ使用されている。
そのため、本報告書では取り上げていない。正直に言うと、柵には膨大な量の古レールが存在するため刻印の確認はかなりの作業量を必要とすることと、ホーム下部は事実上刻印の確認が不可能であることも取り上げていない理由の一つでもある。
それだけでは何なので、参考にこれらの新しい古レールの様子もご紹介しておきたい。と言ってもたまたま映っている、レベルの写真で申し訳ない。
まずは鉄道敷地柵(下丸子~鵜の木)である。淡い青色に塗装された古レールが延々続く。同線では同様の柵が用いられている区間が他にも存在する。
これだけの量の古レールを刻印確認するのはなかなか気合が必要である。さらっと見た感じでは比較的近年のものであったため、本報告書では取り上げていない。
同様の柵の例として、武蔵新田~矢口渡間を示す。
ここでは、刻印を発見できたので合わせてご紹介する。いわゆる曲げ加工が不可能な近年の硬い古レールであるため、冒頭の刻印一覧には含めていない。
ちなみに、部分的に見える刻印は恐らくこのようなものであると思われる。『50N LD (S) 1985 II?』つまり、新日本製鉄の 50kgN の断面規格を持ち、純酸素転炉により 1985 年の ? (欠損)月に製造されたものである。
参考に、同様の刻印の例として JR 東日本山田線(陸中川井~腹帯)【第二十五閉伊川橋梁】付近の現役レールでの例を示す。『← 50N OH <S> 1967 IIIIIIIII』とあり、富士製鉄製の 50kgN 断面規格を持ち、平炉製鋼法により 1967 年 9 月に製造されたものである。撮影時点で製造から実に 40 年が経過している。
※ 2007/09/25 撮影
次に、ホーム下部構造に使用されている例として武蔵新田駅の例である。写真では分かりにくいが画面左のホーム下部に使用されている鉄骨はブレース(筋かい)を除き古レールのようである。ちなみにこの部分は供用されていない部分のホームであるため、確認が容易ではない。
同様の例として、下丸子駅ホーム下部構造である。こちらも比較的近年の古レールを曲げ加工が不要な箇所に再利用していると考えられる。
今後、もし刻印等が発見できたら本報告書にて追って紹介したい。
最後に、共同撮影者のページにて公開している同線展望動画をご紹介したい。各駅のホーム上屋の雰囲気を味わって頂きたい。